仙台 司法書士 久保徳高 く・ぶろぐ~ blog & HomePage


美味しい食事・食材と美しい女性の都市.[2.17.sun.]



Posted in エッセイ&コラム;essay & column,日記;diary by kubox on the 2月 17th, 2008

サンパウロは、美味しい食事と食材の町です。
ハウス栽培がありません。食材は天然のものです。

和食・日本料理ブームになりつつあるそうです。

最初に連れて行っていただいたお店が、“あ・うん”という和食屋でした。
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私の依頼者のマンションの近くには、食材豊富なスーパーがあります。
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※近くのスーパーで購入した軽い料理で、食事です。

到着した夜に案内されたお店は、中華料理屋でした。
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  和食で、八戸市(青森県)出身の方が経営なさっている“ごんべ”です。美味しい日本料理です。旅立つ前の晩にも、2回行きました。
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2回目の“ごんべ”は、依頼者への歓送会になりました。
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ブラジル料理の大きなレストランです。
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日本人の経営するラーメン屋です。おにぎりもありました。日本のマンガもお店に並んでいました。
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イタリア系の大きなレストランです。
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和食の“やまが”でも食しました。
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こちらも日本人経営の主に昼食のためのお店です。
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親切にしてくださったスギヤマさんご夫妻との食事会です。
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朝市もあります。野菜・果物・魚・花、それから小さな露店もあり、その場でさとうきびジュースやバーガーを売っています。
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サンパウロ市公認の安全なフリー・マーケットがあります。男性警察官と美人の女性警察官が、警邏してくださいます。
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大きなスーパーマーケットです。2階まであります。
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恋人同士と美人が、多い街です。 人並みの多いストリートでも、平気でキスして抱き合っています。
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日系人の仲間が、気脈・血脈ともに相通じるのか、友情あふれる付きあいをなさっています。
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依頼者のオフィスビルに入る際もパスポートを提示し、チェックされます。
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地下鉄もあります。
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機内食には、辟易させられました。しかし、前のblogにもしるしましたが、スチュワーデスはきれいな方です。
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女性用の服飾品は、綺麗です。派手かと思うと清楚な肌着もあります。
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p2040712.JPG p2040713.JPG p2040720.JPG  p2040723.JPG ※女性用の清楚で清潔感あるパステルカラーの肌着専門店です。
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あくまで、仕事のため行ってきました。
弁護士・会計士・銀行・事業継承者ほかの方々との打合せ・交渉・折衝です。
この辺は、職務上の守秘義務との関係で、あまり記載できません。
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今回で、ブラジル サンパウロのblogは、一区切りとします。

080130wed.~080209sat.

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いま、なぜか数学?[essay]



Posted in エッセイ&コラム;essay & column by kubox on the 10月 11th, 2007

自身の人生の締めくくりに、いろんな試験へを挑戦を模索しています。

そんなうちに、かつて大の苦手だった「数学」の大切さを知らされています。

数学は、そんなに難しく考えるのでもなく、ほんとうは勉強の各方面に思考の方法あるいは体系として重要なのです。

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さらには「自然の美」を語るうえでも、生かされることがあります。 「ニュートンやアインシュタインだって、そうではなかったのか?」と、感じることがあります。

かつて、高校時代の恩師 鈴木英寿先生(高校以来、いまもおつきあいいただいております)や勝浦捨造さんの講義(代々木ゼミ)は、いまでも忘れられない薫陶があります。

いま再び、少しずつ簡単な数学の書物を紐解いています。

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数学も分かってくると、面白いものです。楽しいものです。
そして、なによりも「美しい!」学問かもしれません。

簡単な入門書ですが、時間を見つけて数学の読書にひたっています。

「受験! 受験!」・「点数・偏差値」 という強制的・強迫的観念が先行するから、いわゆる『数学嫌い・数学アレルギー』の子どもたちが増えてしまったのではないのでしょうか?

子どもたちには、数学の「面白さ」と「美しさ」を、教えるべきです。 ・・・と、「数学、大苦手・大嫌い」の小生は、この年齢にして実感しているのです。

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与党を交替してみるのが、日本の特効薬.[essay]



Posted in エッセイ&コラム;essay & column by kubox on the 9月 29th, 2007

アメリカの属国 

「もう、日本はアメリカの属国化した」・「51番目の『州』になり下がっている」と言われてひさしい。

「アメリカ大使館の、『年次改革要望書』を見れば5年後の日本がわかる」ということも、心ある日本人の常識となりました。
その実質は、「小泉=竹中ライン」で強固になったことは、『知る人ぞ、知る』です。

アメリカの日本に対する露骨な内政干渉です。
それを甘受して、隷従してきた日本の政権、とくに「小泉=竹中ライン」の責任はどこにいったのか?

郵政民営化・法科大学院・姉歯事件の下地(建築基準法の改悪)・公正取引委員会の極端な強化・・・不思議な国です。この日本?

小泉劇場からの負債 

「小泉劇場」ほど、最近の日本を毒した政治はない。

その毒は、安倍晋三さんに、モロに降りかかってきました。
安倍さん自身は、失政も・失策もほとんどしていません。 好感の持てるマジメな首相でした。
かつて、前九年の役・後三年の役のいくさにおいて、「厨川柵」で源頼義・源義家らに敗れましたが、さすが安倍貞任・安倍宗任の末裔です。岸信介のお孫さんです。

私個人は、政治的には、岸さんとは反対の立場でしたが・・・。

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日本国家としての自衛権 

結果的に、集団自衛権だとして「60年安保」・「70年安保」のツケが回ってきています。
民族の主体性・独自性の良さを選択し、自衛権を確固たるものにしていくべきでした。

藤原正彦氏の「国家の品格」に、学ぶべきです。
最近出版された、ノーム・チョムスキーの「お節介なアメリカ」のとおりです。

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いまになって、気がついたらすっかりアメリカ隷従外交です。

さて、福田政権よ! 

そこで登場した、派閥の領袖を並べた福田康夫さんです。
「自民党も、政権にすがりつくために総力戦に入ったのかな?」と、思わせられます。

「背水の陣」内閣と、ご自身おっしゃっておられます。1国民の私からは、もう半分は片足を水につけています。

いますぐにでも、民意~国民の意思を確認していただきたい。
「敗色濃厚だから、選挙をしない」というのは、あまりに主権者をバカにしすぎている。

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もちろん、野党も悪い。野党の「野」は、野良猫か・野良犬の「野」です。
しっかりして欲しい。

社会保険庁の公務員が腐っていたのは、政権が一党独裁で動かないのが、大きな要因のひとつです。

謎に包まれた「法務協会」

私の仕事の関係でも、法務局関連団体で「法務協会」という謎の機関があります。
なに一つ、情報公開;ディスクロージャーされていません。

かつて、私が宮城県司法書士会の広報部長だったとき、この「法務協会」の取材と特集をしようとしたとき、「これ(法務協会)には、さわるな!」と、上司から言われました

「法務協会」って、何物なんでしょうか? 天下りの温床機関であることには間違いないのですが・・・。

機会があれば、知合いの代議士・国会議員・県会議員に頼んで、実態を明らかにしていただこうと考えています。

司法書士会は法務省の管掌下にあるというので、「強制会」にされています。これも、官尊民卑のなごりです。

国家的な、試行.

ニュースなどでは、官僚・公務員のほうが悪いことをしていることが多く見られます。 それを堂々と隠蔽する体質が、官僚・公務員にはあります。

安倍政権から、福田政権へ・・・。

さて、国民の政治的選択はどのような方向に向かうのでしょうか?
私見としては、福田さん・麻生さんともに嫌いではありませんが、政権を交代して、民主党にゆだねるという『国家的試行』をしてみるべきです。

衆議院を解散して、歴史的な総選挙をやってっみるべきです。
その度胸がないなら、福田康夫さんも宰相の器ではありません。

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過去に書いたエッセイ & コラム集



Posted in エッセイ&コラム;essay & column by kubox on the 12月 31st, 2006

 あこがれの佐藤市郎中将 [2006.4.4]

私は、基本的に「自分が、政治的な色彩は薄い」と自覚している。70年安保の学生運動でこりごりなのだ。同じ隊列を組んで共同行動していた学生仲間が、翌日豹変、リンチやテロにより、凄惨な事態をひきおこした。これをマのあたりにし、そのころから、いわゆるノンポリとなった。 たまたま、36年ほど前、東北放送アナウンサーだった岡崎トミ子さんとのおつきあいができた。そのせいで、民主党関係者に友人知己が多い。

また、岡山市議会の羽場頼三郎さんと、むかし司法試験勉強をともにしていた。彼は、その後、菅直人さんの秘書をなさった。さらに故郷の岡山市に帰り、江田五月さんの秘書経験ののち、岡山市議会議員となった。いまだに親しくさせていただいている。
 
一般市民としては、二大政党制を支持している程度かな?政権を一党が独占し続けると、あまりいいことはない。ナチス・ドイツが立証している。官僚にもヨドミが蔓延してくる。

戦争に対しても、自衛権の発動以外は、基本的には賛成できない。しかし、昨今、自衛権の発動すべき外圧・外事が、少なからず生じているような気がする。
戦争は、太平洋戦争(イコールではないが、第二次世界大戦)からの教訓もある。日本史の中でもっとも避けて通りたい部分だ。旧日本軍(とくに陸軍)の暴走には、もう少しブレーキがかけれなかったものか、残念なところだ。

でも、思い出に残る軍人(海軍)がいる。
学生時代に、岸信介氏の甥YH氏にお世話になったことがある。彼から直接うかがった話なのだ。信憑性は高い。
海軍の佐藤市郎中将だ。佐藤家10人兄弟姉妹の中、男子3名がいらっしゃる。長兄佐藤市郎氏、岸家に養子に入った岸信介氏、三男佐藤栄作氏だ。岸信介元首相と佐藤栄作元首相は、いまさら説明を要する方ではない。
ところが、歴史の闇に埋められたこの長兄はすごい。
1889年(明治22年)8月28日生まれ。山口県熊毛郡田布施町出身。海軍兵学校・海軍大学校で在学中ほぼ満点の成績(平均点97,5点)で首席だった。1927年(38歳)のジュネーブ軍縮会議・1930年ロンドン軍縮会議(41歳)に、海軍代表として参加している。そして、日本史上は、1940年(昭和15年)『病弱のため退役した』ことになっている。このころ事件が起きたのではないか? その後は、あやしい。故意に創作されたキライがある。
1943年「海軍五十年史」を執筆したのち、歴史の上では一応戦後1958年(昭和33年)68歳で逝去と記述されている。

しかし、私が学生時代世話になった岸信介氏の甥YH氏によると、話は異なる。
市郎中将は、陸軍の「日中戦争⇒太平洋戦争」拡大方針に反対して、陸軍会議に甥を連れて二人で切り込み、中将とその甥御さんともども慙死なされたとのこと。厳重な緘口令が敷かれ、「一切、歴史には残されていない」とのことだった。

この話をうかがい、私は、長い間佐藤市郎中将にあこがれた。
佐藤市郎中将の意見に耳を傾ける陸軍だったなら、あの忌まわしい太平洋戦争などなかったのだ。海軍は、他国のことがよく分かる。航海により船で諸外国を見て、こんな大国と戦ったらどうなるか。こんな広い海~補給路(燃料・食料など)が断たれたら、戦況は一転最悪となる。

1931年9月18日(昭和6年)満州事変勃発(柳条湖事件)→1937年(昭和12年)7月7日中戦争勃発(盧溝橋事件)→1940年(昭和15年)日独伊三国同盟→1941年(昭和16年)東條英気機内閣成立→1941年12月1日対米開戦決定→同年12月8日太平洋戦争勃発(ハワイ奇襲攻撃)、と続く。1945年(昭和20年)8月15日に、幕が下りる。

私は、YH氏のおっしゃったことが真実だと、信じ続けている。同時に、佐藤市郎中将には、今も惹かれている。

補記させていただく。
前九年合戦で、源頼義・義家に厨川柵(盛岡市)で敗れた安倍貞任・安倍宗任の身内は、北九州に流された。その末裔が、安倍晋太郎氏・安倍晋三氏とのこと。蝦夷の地といわれた東北 岩手県とは縁が深い。
安倍寛の息子 晋太郎が、岸信介の娘(洋子嬢)と婚姻した。その子が、安倍晋三氏である。
山岡鉄舟家および安倍家(安倍晋三の再従兄弟)と縁戚にあたられる常盤木学園理事長松良千廣氏とは、親交いただいている。ふと、歴史を感じる。光栄なことだ。

県会議員の坂下康子さん 県会議員のゆさみゆきさんを持ち上げた!!

 我が生命の「急」・「結」の燃焼 [2005.10.26]

私としては、この2~3年間のうちに、自身の人生が「残りおよそ20年くらいだ」という意識が強くなってきた。もちろん、大病・事件・事故などがなく、普通に平均余命を生きたとしてのことだ。
そこで、あれこれ考えているうちに、これからの20年、『いかに生きるか? どう生きるべきか?』という大きな壁に突き当たってしまった。ここ2~3年間で、次第に悩みはふくらんできて、いま悩みのドン底であえいでいる。学生時代の青春における悩みと、近似している。
あのころどう救われたか? 遮二無二、手当たりしだい本を読みあさった経験がある。当時は辛かった。「何が?って」、生きること自体が、辛かった。かっこよく言えば、懊悩・煩悶の青春だった。自殺願望や希死念慮が強かったくらいだ。藤村操の「巌頭之感」に共感した。
ただ、いまにして思えば彼とその考えは、あまりに軽佻浮薄だ。短絡的なだけだ、と思えるようになった。 

 

とはいえ、2~3年前から、この壁にぶちあたってしまった。『溺れるもの藁(わら)をもすがる』の諺どおり、まずとっつきやすいCDエッセイから始まった。
タイミング良く3年ほど前か、五木寛之の「人はみな大河の一滴」CDエッセイ全12巻が発売され、4-5回聞いた。五木の本は、もう35年間読み続けている。最近の彼の著作は、宗教の域に達している。五木については、別の機会に詳述したい。
CDエッセイは便利なので、五木寛之に続いて、瀬戸内寂聴「寂庵法話集」全12巻、相田みつお「人間だもの」全10巻、「名僧のこころ」全10巻と、立て続けに聴いた。
余談ながら、「名僧のこころ」は禅僧中心に解説してくれたもので、禅に関心のある方にはぜひお勧めだ。ちょっとだけCD10枚の題名を紹介しておきたい。
(1)良寛 (2)一休 (3)鑑真 (4)西行 (5)明恵(臨床心理学者 河合隼雄がたいへん評価している禅僧で、河合自身の解説による)(6)沢庵 (7)夢窓 (8)行基 (9)雪舟 (10)大燈。このうち、(1)~(6)・(9)は特筆に値する。
時間のない私がどこで聴いたかというと答えは簡単だ。昔の人は、『三思の場所』として、馬上・厠上・床上と言った。
私もおおよそそのとおりだ。「馬上」は、今でいう自動車すなわち運転中にCDを聴いた。また、「床上」つまり「寝床」、これはそのまま入眠前の布団の中で、CDラジカセにヘッドホーンというスタイルで聴いた。

CDは、聴いただけにとどまった。本格的には、まず簡単な哲学書から手をつけた。本屋で、池田晶子というすばらしい哲学者の書に出会った。「考える日々~元気を出せ」・「考える人」ときた。あとで分かったことだが、彼女は、なんとずっと以前からの憧れの小説家・哲学者 埴谷雄高と親交ある若い哲学者だった。悩んでいるとき出会った本の著者 池田晶子と、学生のころから尊敬する埴谷雄高とのつながりは暗合だ。私にとっても、運命的なものを覚えた。さっそく、埴谷雄高に邂逅できた。以前持っていた本は、処分していたので、「死霊」の文庫本を買い直した。
「オン! 埴谷雄高との形而上対話」は、絶品だ。埴谷雄高は、むかし、新左翼のカリスマ的存在のように誤解されている向きもあるが、それは違う。三島由紀夫の文学も評価していた。三島と個人的にも親しかった。私の好きな小説家 加賀乙彦(元 精神科医)も尊敬している。
ここから、立ち直りのきっかけになりつつある。
いま、森有正・野間宏・高橋和巳に回帰している。加賀乙彦や霜山徳爾の作品にも戻って軽くふれている。大江健三郎は、温故知新としての古い作品から最近出版された「二百年の子供」・「さようなら、私の本よ!」まで及ぶ。さらに、私にはゲーテ・ドストエフスキー・サルトルが、心の中に生きている。いまが旬の斎藤孝は、10数冊、買ってきて楽しく読んでいる。

落ち込んだ気持ちは、私の信頼する方 ―― この方、私が好誼させていただいている方のフィアンセ兼セクレタリーの女性で、おおやけにはしるせませんが、彼女は霊能力があるのです。 ―― の指導もあって、樹木・お香;アロマテラピー・呼吸法;気・サプリメント(脳神経を癒す)・音楽などで、いたわり、ねぎらう方策をこうじている。療養というべきか、治療にも似ているものがある。少し、快方に向かってきつつある。
というところで、残り20年のために、人生最後の勝負に出ようとしている。運命は、つまるところ自分自身で切り開き、決めていくしかない。
 
55歳半、人生の午後~夕方くらいかな? 「我が生命の終焉に向かって、いかに生きるか? どう生きたらいいものか?」。
禅僧 谷耕月 老師(岐阜県美濃加茂市 臨済宗妙心寺派 正眼僧堂)は公案に取り組む禅僧たちに対し、臘八大接心(一番寒い時期の集中修行)のビデオで『どん詰まって、どん詰まって、どん詰まれ! そこから答えを出してみろ』と言っている。
曹洞宗の本山 永平寺の元 貫主 秦慧玉(すでに、逝去なされたが、禅僧の場合『逝去』といわないで、『還俗』と表現したと覚えている。もしかすると間違い。あとで、調べておく)の「渡水看花;ビデオ」には『切=ぎりぎりぎっちょん、のところで生きよ』と説いていた。
人生最後の「最期」は、禅的な最期としてこの世を去っていきたいと、漠然と願っている。禅の修行しながら、悟りを得られるか得られないか、苦渋しつつ・・・。 さて、残れる20数年の生命を、いかに燃え尽すのか? 懊悩と煩悶の真っ只中なのだ。
表題として、意味不明かもしれない。自己の人生を、「序破急」とすれば、『急』であり、「起承転結」とすれば『結』なのだ。どのように『急』を結ぶか? 『結』と整えるか? 喉(のど)もとに、匕首(あいくち)を突きつけられているような感がある。

 生活に溶け込む音楽 [2005.10.13]

過日、自宅で食事しながら、妻が見ていたアニメのエンディングテーマを聴いて、にわかに目頭が熱くなってしまった。「ポアロ」のアニメだ。そのときは、題はわからなかった。あとで、『近日発売になる曲』との情報を得た。インターネットですぐ予約し、1ケ月半ほど前にすぐ購入した。山下達郎「sonorite;ソノリテ」に収録されている『忘れないで』という歌だ。13曲のアルバムだけれど、お目当てはこの1曲集中だった。愛妻 竹内まりやが、詞を書いている。以前彼女が唄っていた曲のカバー・バージョンらしい。
しばらくの間、私のこの曲への思い入れが薄らぐまで、家族みんなで自動車に乗ると、この曲だけをリピートで聴かされ、みんな閉口していた。
『雨上がりの夜空に 浮かぶ真珠の月影が あなたの頬にこぼれ ばら色に輝いたら 夢はまた始まる・・・』と続く。

その少し前、なんとなく久しぶりに南佳孝の「モンローウォーク」と「スローなブギにしてくれ;I want you」が急に聴きたくなって、インターネットで衝動買いしたばかりだった。妻が、そのアルバムを見つけ、「あれっ、お父さんって南佳孝を持っていたっけ?」といぶかしく思い、尋ねてきた。「うん、ちょっと・・・」。なにせ、彼の30曲入りベストアルバムなのだ。南佳孝の、あの都会風のけだるさもたまにいい。

またもう1枚出会った。日経流通新聞;Marketing Journalで小田和正のアルバム「そうかな」が、アルバムチャートで首位を獲得という記事によせられ――本当は「57歳で、史上最年長記録更新」という紹介文にも惹かれたからだったが――購入して、1-2回聴き流してみた。収録曲11曲のうち、10曲がテレビ番組とコマーシャルソングに使われているということもあって、耳になじんだ。同世代の男性が、時代にこびないでラブソングを作り、唄いつづけている姿にも心を打たれた。たしか『70年安保』の時代から、政治的なことにはまらないで、彼なりに恋歌を綴っていた。57歳のシンガーソングライターに、「ん、すごい」という感想だ。

クラシックもよく聴く。曲名などは詳しくない。今は、モーツアルトとバッハだ。なぜよく聴いているか、それぞれについて、いずれしたためててみるつもりだ。
モーツアルトは、ある学者の本で、『脳とモーツアルトの関係』を書いた著作を、丸善で何気なく購入してからだった。毎日のように、バックグラウンドミュージック的に聴いている。

バッハは、彼の音楽をこよなく愛した哲学者森有正のおかげで、よく聴いた。若き頃、「いかに生きるか」について悩みのどん底にあったころ、彼の哲学的エッセイを何冊も読みふけった思い出がある。最近また悩み事があって、ジュンク堂で何十年かぶりに森有正の文庫本に再会して読んだ。ちょうど、千住真理子のニューアルバム「愛のコンチェルト」が、『バッハに支えられて30年』と銘打って発売された。仙台公演もある。時間のない私には、公演にまで行く余裕はない。彼女のアルバムは昔、2枚持っていて、たまに聴いていた。ここしばらくは、ご無沙汰だった。彼女が、9年間の絶望と音楽的スランプから救われたアルバムなのだ。苦しみから立ち直った千住真理子のこのアルバムは、聴きごたえがある。彼女の、すごい気魄が感じとれる。

 子供に鍛えられる[2005.09.30]

私にとって、たークンは48歳のときの子供だ。干支が同じ。寅年4回りある。
前妻との間に、男の子が2人いる。うち一人は、6年前「親権者の変更調停」で私のほうへ帰ってきている。21歳になる。別の一人は23歳になっているはずだが一切会っていないので、私としては消息不明である。

前妻との子を育てるときは、精神的にまったく余裕がなかった。前妻から毎日のように喧嘩を売られ、ほとほと嫌になった。しかし、当時は30代だったせいか、子育ては苦にならなかった。体力があったせいだろう。
 
  たークンが生まれたときは、私は48歳という年齢のせいか、体のほうはきつかった。寝不足もつらかった。体力の差だろう。しかし、精神的には大きな幸せだった。
そのうえ、彼を育てながら親であるこちらのほうが、子供から教えられることが多かった。子供を育てているというより、子供にエネルギーを貰っているという実感なのだ。
  先般、任天堂のDS(double screen)川島隆太「脳を鍛える大人のDSトレーニング」を購入した。もちろん、自分で使う目的だった。「自分だけが使うのでは子供に悪いな」と思い『ドラゴンボールZ』のソフトを購入してあげた。自分のためだけにDSを購入することは後ろめたさがあったからだ。

  しかし、購入後、私が使えたのは1-2回しかない。あとは、子供たちが頻繁に使っている。21歳(大学生)の子と7歳(小学1年生)の子だ。驚いたというべきか、あきれ返ったというべきことがあった。7歳の子は、「ドラゴンボール・Z」よりも「川島隆太の脳を~」のほうで遊んでいる。よほど面白いらしい。 川島隆太「脳を鍛える大人のDSトレーニング」の内容は、簡単な計算や文字・色のことだ。それは、ふだんからDSとはまったく関係なく7歳の子に尋ねられていることにほぼ近いゲームなのだ。彼の質問に答えることが、DSトレーニングの中身と実質的には同じなのだ。
子供を育てるということは、「子供に、私の脳も鍛えてもらっていることだ」ということに気づかされた次第だった。

 総選挙の結果にがっかり[2005.0929]

私は、以前から「日本には二大政党制がふさわしい」という主張を抱いていた。
ところが、今回の総選挙は、私の期待を大きく裏切り、二大政党制に程遠い結果がでた。
カリスマ小泉のあとには、またキャラクターの異なるカリスマ安倍晋三がひかえている。
日本が、ナチス化しないことを願う。戦後60年、他の政党が政権党になれないという、政治の貧困を痛感する。一党独裁が続く。
また、選挙制度も「小選挙区制」は、明らかに少数派には不利なゲリマンダリング(自党に有利なように選挙区を改変すること)となっている。政党の得票数と獲得議席数の極端な開きがあり、投票した国民の「死に票」が多すぎる。野党は、チャレンジャーとしてがんばって欲しい。内紛などしていられない。与党は、行政・立法・司法の三権を実質掌握している。官僚は、のさばっている。「お上」という意識がまだ強い。主権者は国民なのだ、ということを忘れ去っている。
与党が肥大化して、ナチス化・太平洋戦争前の状況にならないことを、望んでいるが・・・。反骨精神・権力悪への挑戦といった『70年安保闘争』で覚えた血肉が、またよみがえってくる。
私の期待する「二大政党制」は、どんどん遠くなっているようだ。政治的には、明白に悲観論者です。母なる日本(故郷)は、どうなっていくのか?

 持続する生活の糧 [2005.8.13]

 

私には、10歳頃から、45年間続いていることがある。現在55歳。
一つは、「抹茶」を飲み続けている。ほぼ、毎日のことだ。子供のころは、朝1回くらいだった。そして、大人になってからは、1日朝昼の2回は飲む。よほどのことがないがぎり、欠かしたことがない。自宅にも、事務所にも、抹茶茶碗と茶筅・茶篩(茶漉し)を置いてある。
抹茶茶碗は、これまで何個となく壊してしまったが。茶篩(茶漉し)は40年間、同じものを使っている。
抹茶の飲茶は、私にとって、不可欠の生活習慣なのだ。

二つには、昔は「エビオス」と称していたが、いま「ビール酵母」と名を変えている。ほとんど同じものだ。これは、私が虚弱体質で、体が弱かった子供のころから、父に飲まされている。物心ついたときには、もう手放せない食品(サプリメントなのか?)の一部となっていた。いまでも、ビール酵母は続いている。
このビール酵母については、私が大人になってルーツを探って分かったことがあった。太平洋戦争で、徴兵された父が、海軍で船に乗っていた際、栄養補給のため軍から摂取させられていたことに起因している。父は敗戦後、日本に帰国してからも飲み続けていたらしい。それが、腺病質だった自分の子(二男)である私に、これを飲ませ続けた。

22年前に事故死した父とは、良い想い出がほとんどない。体格はデカく、腕力は強く――彼は、海軍の相撲部にいた――気の荒い父に虐待され、いまだに忘れ去りたい存在である。
ただ、唯二、「抹茶」と「ビール酵母」だけには、彼に感謝している。

 受験と仕事の両立 [2005.8.12]

大学を卒業して(昭和48年3月)、32年の歳月が流れた。当時、70年安保闘争といわれる学園紛争と共産主義革命を掲げる極左セクトで、大学は荒れ放題だった。
私も「ベ平連」(ベトナムに平和を市民連合)のノンセクト「インセクト;蟲」に関与してしまった。にがい記憶だ。疲れきって、精神的な後悔と体調不良だけが残った。
そのせいもあり、司法試験には合格できず、「米塩の資」を得るため司法書士の道に入って、20年以上になる。
しかし、『このまま司法試験の落武者・敗残兵となって、人生を終わりたくない』という想いは、何年経ってもふくらんでくる。

そうはいっても、「ロースクール通学」と「司法書士オフィス経営」との両立は困難だ。となると、もう、破れかぶれだ。現行試験に挑戦するしか道はない。自分を納得させる手立ては、ほかにないのだ。
55歳という年齢的ハンディキャップもある。司法書士の仕事もある。家族もいる。条件は厳しい。しかし、そんな言い訳など、何にもならない。このまま慙愧の念・悔恨の想いを引きづって人生の終焉を迎えるのか? どうしても、“NO!”なのだ。
「さて、どうするのか?」 と、自身に問いかけている。

 スポーツの「快汗」 [2005.8.11]

20年間、キリンスポーツクラブに通っている。スカシュ;squashとラケットボール;raquetballを主にいそしんでいる。1回行くごとにT‐シャツ3枚は、汗まみれになる。
その前には、おおよそ10年近くバドミントン;badmintonをやっていた。そのせいで、いまだにYonexのブランドが好きだ。ラケット以外は、シューズ・ソックス・ウエアなど、ほとんどYonexだ。
ラケットスポーツのやり過ぎのため、右腕の筋肉は炎症を起こし、完治したことがない。
肩の関節も痛い。左膝関節・左肩関節・持病みたいな右足の外反母趾も11] 、激痛を発している。傷だらけの人生に、傷だらけの肉体だ。
20年間、通い続けているキリンスポーツクラブの“パートナーショップ”にもなり、絆は深い。
週1回の、スカシュとラケットボールを休むと、その週の体調は悪く、神経もイライラする。スポーツは、生活の重要な一部とまでなっている。

 出会い [2004.07.12]

このたび「出会い」がありました。空手の和道流「けやき塾」に入門いたしました。我が子のつきそいと思って通っていたのですが、いわゆる『ミイラ取りがミイラになった』次第です。和道会五段 熊谷次郎師範のもと、空手の形を中心に『流れ出る』と表現できるほどいい汗をかいています。また、19年にわたって、愛し続け通っていた“キリンスポーツクラブ”の「パートナーショップ」という新たな絆もできました。19年も通って、スカッシュやラケットボールをしていると、もう生活の重要な一部になってしまっているのです。

昨年、簡易裁判所裁判代理権を取得(第1次;7月取得)しましたが、その勢いでさらに法律関係の資格取得のため受験生になりました。1年ほど挑戦してみます。そのため、飲み会等はしばらく控えます。「久保は、つきあいが悪くなった」などと怒らないでください。私の人生『これが最後の青春』というやつです。めいっぱい、青春(凄春)します。

 若くあらねばならない [2005.04.01]

わが子が、今年の春幼稚園の年長組み進級しました。満6歳です。父である小生は、「若くあらねばならない」との強迫観念じみた気持ちに襲われています。とはいっても、すでに54歳という年齢には対抗しようがありません。以前、若き頃、バドミントンをおよそ10年間、その後スポーツクラブでスカッシュとラケットボールを19年間いそしんできました。
途中、わが子とのつき合いを兼ねて(前妻との2人の男児)、空手道を9年間たしなみました。「現状はどうか?」ということになると、体中にガタがきている感じです。右肩、右足首、左膝、右腕の筋肉を痛めています。仕方なく、左腕でSQ・RBをしている始末です。プレイの後は、左足親指の外反母趾が激痛を発します。その痛みは、4-5日続きます。でも、その激痛にめげることなく、またスポーツクラブに足を運ぶのです。習慣化・習性化しています。いや、こうなると中毒症・依存症なのでしょう。体を動かさないと気持ちまで滅入ってしまい鬱状態に陥ってしまいます。

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