斎藤やすのりサンの、後援会事務所開き。[10.11.sat.]
●前日からの疲れを引きずって・・・。
前日、医師からの指導で、医療検査・診察・注射・採血などで、かなり疲れていました。
この日は、『1日中休んでいたいくらい』 でした。
●知人の後援会事務所開設の会合が2件ありました。
しかし、この日(10月11日・土)に、2人の知人が後援会事務所をオープンしました。
一人は、元 気象予報士 斎藤やすのりサンです。
みずほ台(地下鉄)八乙女駅近くに後援会事務所を開設されました。
午前10時半集合です。
いま一人は、郡和子さんです。いずれも、後援会事務所開きです。午後1時開会です。
●少し、遅刻してしまいました。
斎藤さんの後援会開会に、地下鉄で行こうと準備をしていたら、メールで1件(初めての方で相談だけ)、電話で1件(前から関わっている事件)、ともに「成年後見事件」の問合せがあり、それぞれ併せておよそ1時間ほどを費やしてしまいました。
「これじゃ、開会時間に遅れる。たいへんだ。」
あわてて、タクシー会社に電話して、タクシーですっ飛びました。 結局、5分の遅刻です。
斎藤やすのりサンは、奥様・お嬢さんもご一緒でした。
岡崎トミ子さん、今野東さん。郡和子さん、大石正光さん、ゆさみゆきサン、坂下康子さん、菅原実さん、菅原敏秋さん、佐藤わか子さん、岡本あき子さん、安孫子雅浩さん、村上一彦さん、作並ゆきのさん、etc.民主党の近場の政治家はそろっておられました。~記載漏れがあったら、ごめんなさい!
●なぜ、民主党か?
第一に、私の政党政治の信条が、アメリカ・イギリスのような、二大政党制がいいという視点からです。
私も支持者の一人だった、今は亡き(1981年87歳で逝去)、市川房枝さんも、「二大政党になるべきだ」と、おっしゃっておられました。 同感でした。 交代できる政党が欲しい。
それから、第二の理由として、岡崎トミ子サン~もう、30数年のおつきあいです。 彼女が、東北放送のアナウンサー時代の1ファンでした。
彼女が政治家になって、社会党をやめてから、本格的に応援し始めました。
社会党時代は、大労働組合が応援を仕切っていました。 1庶民など相手にされませんでした。
その後、彼女の秘書の島本さんと、飲み歩いたり、当職事務所のスタッフだった小川原くんが、岡崎事務所に勤めたり(小川原くんが、当職事務所スタッフだったのは、もう10数年前のことですが)、別方向からも距離が縮まっていきました。
鳴瀬町の岳父の家が、家族ぐるみで、坂下清賢さんと仲が良かったり、私も、何かの会合で坂下康子さん(県議会議員)と友だちになったり、飲みに言っていた飲み屋(テンダーバー・りつこ)のママが、康子さんの従兄弟だったり・・・。
私の、再婚の司会者がゆさみゆきだったり・・・。
いろんな関係で、民主党関係者とは仲良しになっていきました。
偶然の、積み重ねです。
それが、このように民主党系の方々と、次々に仲良くなっていきました
●自民党とは、つきあいがないのか?
逆に、「自民党は?」 と、いえば。 かなり以前のことになりますが・・・。
宮城県司法書士会で、『政治連盟』の役員や『広報部長』 を、させられた頃があります。
そのときは、もちろん司法書士会としては、司法書士会に有益な法案を通すことのできる与党支持でした。 いわゆる、ロビイストです。立法権も、行政権も握っておられる。
ですが、愛知和男および絢子夫人とも何度もパーティなどでお会いしました。
市川一朗さんのパーティも出ました。 彼の事務所にもうかがってお話したことも、かつて何度かあります。
伊藤宗一郎さんも、大人物でした。 パーティなどでお会いして、話し込んだこともあります。伊藤さんの人柄には、心を打たれました。
ところが、不思議なことに、次にお会いしたとき、自民党の方々は私のことを、全然、覚えていてくださらないのです。
『縁がない』 とは、こういうことなのでしょうか?
自民党は、有力者・有名人でもない、大会社の社長でもない、私のような1小者・1庶民・1市民など眼に入らないのでしょう。
大道塾、自衛隊、その他、数え切れないいろんな会合・パーティでお会いしているのですよ!
そのとき、再度名刺をお渡しして挨拶しなおしているのです。でも、覚えていてくれません。
そういえば、前の宮城県知事の浅野史郎さんもそうでした。 彼には、5-6枚名刺を渡しているはずです。 ただ、夫人は覚えていてくれて、街であっても笑顔で挨拶してくださいました。
●岡崎さんから、始まった民主党系の友人知己!
やはり、『知人になる・友人になる』・『私を、覚えていてくださる』・『私は、シガナイ1庶民・1市民かも知れないのですが、会ってお話ししたときマジメに人の話をきいてくれる』・『コミュニケーションが成り立つ』、そういう人たちと仲良くなり、その方々を支持していくのは、しごく当然です。。
岡崎トミ子サンから始まった、その出会いの積み重ねが、いま私を「民主党系支持者」にしています。
●この日の、後援会事務所開きは、観衆・聴衆もマスコミ・プレスもすごかった。
満席どころか、立ち席だけでなく、会場からはみ出るほどでした。
あふれる観衆・聴衆です。
081011sat.
検査、診察 etc.で、「疲れた~っ!」 [10.10.fri.]
ついに、CT検査をしてきました。 初めてのことで、緊張しました。
大学病院近くにある、MRIとCTの検査専門の医療機関Sクリニックです。 たいへん親切でした。
朝は、通常通り、当職事務所へ出勤し、仕事の電話を5-6本架けてから、「いざ、病院へ!」です。
CT検査のため、病院へ9時10分頃到着です。
CT検査の説明書と同意書 副作用への対応について 検査のフローチャート
受付して、質問事項・注意事項などを文書に記載し、まもなく予診になりました。
緊張をほぐすため、というより、緊張をごまかすため、受付の女性事務員、検査前に行なう診察の医師、検査前の心電図・血圧測定のナースに対し、私からジョークを連発しました。
そのあと、いよいよCTの検査です。 リラックスして受けることができました。 およそ、1時間ほどで済みました。
※検査のあと、ナースに頼んで、記念写真です。 8枚ほどの写真と医師のレポートの入った資料を受け取りました。
午前中は、この検査で終始し、会計と資料授受をいたしました。
その後、昼食に大好きな日本蕎麦(そば)を食べに行きました。
一軒目は、定休日だったので、2軒目で、かけそば(温かい)とざるそば(冷たい)を、併せていただきました。
途中、当職の事務所に戻り、相談案件1件を済ませました。午後がいわば「本番」です。
CTの検査結果にもとづき、診察と治療と今後の対策となります。
午後2時半過ぎに、本診察のMクリニックに入り、受付を済ませました。
30分後に呼ばれ、3時過ぎから、30分ほどCTの結果を主な資料として診察・治療・今後の対策などを主治医と話し合いました。
幸い、内臓のCT断層撮影には、私の内臓に大きな病因・病巣・欠缼(けんけつ)・瑕疵(かし)は、ありませんでした。 2-3の配慮すべき点は指摘されたのですが、基本的に大丈夫です。
今後の自己管理・治療方針・対策などを、主治医から指示があり、私も質問・相談などをして診察を終えました。
その後、注射と採血でした。
※造影剤、採血、注射と・・・、痛々しい私の右腕です。
たいそう疲れました。 検査疲れです。 最後は、具合を悪くして、10分ほど医院のベッドで休ませていただいたほどに疲れました。 安堵と心身の過労でした。
造影剤の副作用のせいか、ふらつき・頭痛も少々あったのです。
しかし、おしなべて大過なし、の結果です。
今後、2-3の数値などを改善・治癒の注意をしていきます。
10月10日(金)の検査でしたが、検査疲れのため昨日1日は2件の用事だけを済ませ、ゆっくりしていました。
今日12日(日)、ようやく元気になり、ブログにも復帰です。
081012sun.
いよいよ選挙、まぢか![10.8.thu.]
母国 日本は、「きわめて変わった総理」 に、替わりました。
おかしな政権です。 少なくとも、私の常識が通じません。 私の、常識(主観)のほうが、間違っているのかもしれませんが・・・。
福田康夫さんや、安倍晋三さんは、まだ良かった。 一応、それなりにマジメな方でした。
ただ、福田さん、安倍さん自身はまだしも、その政権党(与党)自体が、おかしいと見受けられました。 末期症状です。
もう政権党(与党)が交代しなくてはならないところにきています。 日本の常識です。 良識といっていいでしょう。
内閣支持率低下、経済格差、官僚と政府の癒着、社会保険庁の乱脈とテイタラク、各省官僚の天下り・不行跡・欺瞞行政(犯罪に近い)、道路財源へのハイエナ、数人の首相交代にも国民の意思確認をしない(選挙をあえてしない)、国家・国民への安全保障の放棄(北朝鮮による拉致・竹島・尖閣諸島・国境侵犯等)、医療過疎(小児科・産科・救急医療)などなど。
アメリカの国民の良識も、特別な異変がなければ、11月に政権党(与党)が交代するところです。
私も、普段から、個人的に親交させていただいている方々の後援会が、いよいよ動き出しました。
一人は、郡和子(こおり かずこ)さんです。 もう一人が、斎藤恭紀(さいとう やすのり)さんです。
昨日(10月7日)は、郡さんの後援会事務所(堤通雨宮町)に行ってまいりました。
佐藤さん、星野さん、海老原さんらと、歓談してきました。
郡サンの後援会事務所から、宮城県行政書士会に行って、鈴木ミシン商会に寄って、お茶の井ケ田で抹茶を購入し、かかりつけの内科医で診察をして、事務所に戻り、仕事を済ませ、生協で買い物をして、帰宅です。
今日(8日)は、斎藤さんの後援会事務所(八乙女)を訪問してきました。 ちょうどいらっしゃった木村さんと世間話をしてきました。
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その後、黒松生協に寄って、五木寛之「遊行の門」・「レッスン」・「凍河」の3冊、「月刊プレイボーイ;11月号~ピカソの女神たち」、「下流社会 第2章~なぜ男は女に負けたのか」 を購入し、配偶者から指示のあった夕食準備の食材を購入し、帰宅です。
いまの政権で、国民のために真剣にがんばっているのは、舛添さんだけのようです。
081008thu.
ポリープ;がんへの恐怖![10.3~7.tue.]
◆先日(3日)、個人的な恐怖のストーリーが始まりました。
「他の内臓に、ポリープができていることも可能性としてはあるので、CTスキャン(造影剤を入れて)の検査をしたほうがいい」 という、信頼しているM医師の一言で決まりました。
私は、間髪入れずに、「じゃあ、CTスキャンの検査をします」
このとき私はM医師に対し、「夏に、かかりつけのK内科医に、内臓を超音波;エコーで見てもらったときは、異常がありませんでした」と言ったのです。
しかし、M医師は、「超音波じゃあ、細かいポリープなどの、異常は分からない」とのことでした。
このとき、おそらく私の顔面は一変したのでしょう。 多分、形相が豹変したことは、間違いありません。
M医師は、「先生が、久保クンを、責任を持って治してあげる」と、おっしゃtのですが、私は顔面蒼白だったのでしょう。
何度もM医師は、私を励ます言葉を立て続けにおっしゃいました。
◆別の病院(MRIとCT設備のある病院)の予約。
「この医院で、設備(検査器械)がないから、ほかの病院を紹介するから・・・。あとは、看護士から検査の予約と手順の説明を受けておいて」となりました。
恐怖心を抑えながら、ナースからの説明と、紹介された病院に『検査の予約』を入れました。
◆ポリープへの疑念が徐々に膨らんできます。
『もしポリープでも発見され、それが悪性腫瘍(癌)だったらどうしよう? 私の人生と、目の前にいる我が子の生涯設計はどうなるのだろう?』 芽生えた不安は、芽生えから葉をつけ、みるみる生育・増殖していくのです。「雪だるま式」に、大きくなっていきます。
私が心配していたのは、我が子だったはずなのに、すっかり逆転していきます。
その日(10月3日)は、私と息子の、先週の血液検査の結果を訊きに行ったつもりでした。
◆我が子は、たいしたことはないのです。
むしろ、ADHD;attention deficit hyperactibity disorder のきらいがあるという、我が子の方が気になっていました。
我が子は、少々「鉄分が不足している。こういう場合、貧血のおそれがあり、また神経不安定などになりやすいから、鉄分を多く摂るように。鉄分の多い食事がいい。 小松菜などがいい」 とのことでした。 食餌療法の指導だけでした。
◆胃の不調から、診断は拡大・膨張していきます。
むしろ、問題は、私にありました。 『胃の調子がわるい。このところ、2週間以上にもなります』
私は、『いつものストレス性だろう』と、タカをくくっていたのです。
ところが、M医師は、その原因について、他の臓器の可能性を示唆し、説明しました。
とりわけ、「肝臓の数値が良くない。 胆嚢・胆管のポリープの場合もある。膵臓も、診ておいたほうがいい。 そのため、造影剤を使ってCTスキャンによる検査が望ましい」とのことです。
たしかに、自身の人生を、ここで 「悪性ポリープ」 のため、くたばるという訳にはいきません。
発見できるなら、『一刻も早いほうがいい』に、決まっています。
こういう場面に出会った際の、『自己のリスク管理』 の当然の対応でしょう。
私は、即座に、「CTの検査をします!」と答えました。
◆昔からのかかりつけのK内科医に、相談と診察。
胃と肝臓から始まった話でした。 月曜日(6日)、私は、以前から25年間かかっていたK内科医のところに行き、胃の絶不調と肝臓の検査(血液)をしていただきました。
このK内科医は、「胃の薬を出しましょう。 消化の悪いもの、脂っこいもの、過食はひかえてください。また、とくにお酒に注意してくだい」
その日(6日;月曜日)の採血は、翌日(7日;火曜日)に結果がきちんと出ます。
このクリニックは、その検査データが記された内容を、書面で説明くださり、その書面もくださいます。
翌日の午後、K医師は、検査結果のデータを見ながら、逐一解説してくださいます。診察における結論は、「とにかく、お酒の量を減らしなさい。そうすれば、胃の不調も、γ‐GTP、コレステロールなども落ち着いてくるでしょう」 との指導および忠告です。
◆とにかく、〔CT+造影剤〕の検査を受診です。
明確でない以上、症状もある以上、金曜日(10日)の検査を受けることが、私にとって 『最善の選択』 です。
覚悟を決めました。 不安、さらに結果への恐怖と同居です。
すごい精神的な落ち込みです。
◆前進しか、選択の余地はない。
2人の信頼している医師に、さんざん指摘・指弾されました。
さらに、ここ数年から10年間において、癌で他界された10人くらいの友人知己の顔が、思い浮かんできます。
若くて、亡くなった方も、少なからずいるのです。 私の脳裏を去来します。
身近な方、周囲の方、近親者から、私に対して 『元気がないね!』 と、言われてしまいます。
こんなとき、心が弾むわけがない。 たとえ演技でも、元気イッパイにふるまうには、私の演技力ではムリです。
刻々、運命の検査・診察は、近づいてきます。
さて、『吉とでるか? 凶とでるか?』 あと2-3日で、判明します。
08/10/8/wed.
肉体の鍛錬と精神的休養。[10.4.sat.& 5.sun.]
体調が十分でなく、精神的にも少々落ち込みがちなので、心身の調整・保養とヒーリングをしています。
4日(土曜日)は、午前中に家族でスポーツクラブで、楽しんできました。
子どもは、同じSCで、スイミングスクールのコースです。
配偶者は、bathing;ベイジング(入浴)とエステです。 このスポーツクラブに、新たに女性専用エステができました。
※エステの綺麗なオネエサマ方です。 残念ながら、男性用はありません。DVDで、エステの様子を説明してくれます。
配偶者も、今週は風邪気味で、そのあとが尾を引いていました。 スポーツクラブのベイジング(入浴)とエステ(アロマ・マッサージ)で、かなり元気になってくれました。配偶者の元気快復をみて、私も、ホッとしました。
で、私は、ですが・・・。
きわめて残念なことに、ラケットボールコートは、プロ・バスケットボール・チームの89ersが、急遽、使用中(基礎トレイニング)でした。 RBコートは1面しかないので、使えませんでした。
そこで、スカッシュです。 スカッシュは、学生スカッシュ・サークルのミウラくんがパートナーとなり、プレイしてくださいました。
大量の水分補給をして、大汗をかきながら、18歳(大学1年生)のミウラくんとガッチリ打ち合いました。
※「汗が、ほとばしり出る」という感じです。 ミウラくんは、40歳の年齢差を越えて、マジメに打ってくださいました。ありがとうございました。
あとは、ストレッチ、腹筋・背筋、軽い筋トレ、少しだけジョギングなどで、肉体の鍛錬と調整を行ないました。
来週は、病院でCTスキャンなどの大検査があります。 アルコールも最小限にして、食事も気をつけています。
丸1日がかりの、検査になりそうです。
※いつも笑顔で、親切にしてくれる、SCフロントのタガワくん・オオサワくん・ワタナベくんです。
●午後からは、仕事でした。
この日(土曜日の午後)は、事務所に行ってお客様と打合せがありました。 偶然にも、このお客様は大学同窓で一級後輩の方でした。 大学の想い出話しや共通の同窓の知人・友人の話で、2人で盛り上がってしまいました。 仕事は、きちんとやります。
●この日の夕方、2つの会合が重なりました。
夕方は、大学の会合があり、また長年のお付合いのお客様のパーティでした。 2つの会合が、バッティングしてしまいました。 よくあることですが・・・。
一つは、仙台では著名人の方の会合で、その先生ご自身のみならず、その娘さん(二女)とご主人ならびにご家族、長女のご主人(医師;脳神経科)ともお付合いさせていただいております。
2つの会合はキツイので、長年のお付合いを優先させていただきました。
大学校友会の皆さん、深くおわびいたします。
すみません、心身不調のとき、2つの会合のカケモチは無理です。
●日曜日は、自分の時間をとりました。
翌日 日曜日は、子どもの空手道 和道会 けやき塾の、稽古とともに芋煮会でした。
私も参加したかったのですが、どうしても、自分の時間が必要でした。 休養・部屋の片付け・書類の整理・読書・勉強のためです。
子どもと配偶者だけで、参加してもらいました。 塾長ならびに皆さん、申し訳ありません。
心身不調ですので、ホドホドにこなしています。
08/10/06/mon.